次に、複数のシステムに対して密度行列がどのように機能するかを考えます。ここでは、密度行列が表現できるさまざまな種類の相関の例と、複合システムの孤立した部分の状態を記述するための密度行列の利用方法を扱います。
複数のシステム
密度行列は、量子情報の簡略的な定式化における状態ベクトルと同様の方法で、複数のシステムの状態を表すことができます。複数のシステムは単一の複合システムとして見なせるという基本的な考え方に従います。
数学的には、複数のシステムの状態を表す密度行列の行と列は、各システムの古典的状態集合のデカルト積に対応付けられます。
例として、4つのベル状態の状態ベクトル表現を思い出してみましょう。
∣ϕ+⟩∣ϕ−⟩∣ψ+⟩∣ψ−⟩=21∣00⟩+21∣11⟩=21∣00⟩−21∣11⟩=21∣01⟩+21∣10⟩=21∣01⟩−21∣10⟩
これらの状態の密度行列表現は次のとおりです。
∣ϕ+⟩⟨ϕ+∣=21002100000000210021
∣ϕ−⟩⟨ϕ−∣=2100−2100000000−210021
∣ψ+⟩⟨ψ+∣=00000212100212100000
∣ψ−⟩⟨ψ−∣=0000021−2100−212100000
積状態
状態ベクトルの場合と同様に、密度行列のテンソル積は複数のシステムの状態間の独立性を表します。
例えば、X が密度行列 ρ で表される状態に準備され、Y が独立に σ で表される状態に準備されている場合、(X,Y) の状態を記述する密度行列はテンソル積 ρ⊗σ となります。
ここでも量子情報の簡略的な定式化と同じ用語が使われます。この形の状態は積状態と呼ばれます。
積状態として表せない状態は、システム間の相関を表します。
実際、密度行列で表現できる相関にはいくつかの種類があります。
いくつかの例を示します。
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古典的な相関状態。
例えば、アリスとボブがランダムビットを共有している状況は次のように表すことができます。
21∣0⟩⟨0∣⊗∣0⟩⟨0∣+21∣1⟩⟨1∣⊗∣1⟩⟨1∣=210000000000000021
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量子状態のアンサンブル。
m 個の密度行列 ρ0,…,ρm−1 があり、それらはすべてシステム X の状態を表しているとします。確率ベクトル (p0,…,pm−1) に従ってこれらの状態の1つをランダムに選ぶとします。このような過程は状態のアンサンブルで表されます。アンサンブルには密度行列 ρ0,…,ρm−1 と確率 (p0,…,pm−1) の指定が含まれます。k のランダムな選択と対応する密度行列 ρk の両方を記述する単一の密度行列を、次のようにアンサンブルと対応付けることができます。
k=0∑m−1pk∣k⟩⟨k∣⊗ρk.
明確にするために述べると、これはペア (Y,X) の状態であり、Y は k の古典的な選択を表します(つまり、その古典的状態集合は {0,…,m−1} と仮定されます)。この形の状態は古典量子状態と呼ばれることがあります。
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分離可能状態。 次のように、2つのシステムの量子状態間に古典的な相関がある状況を考えることができます。
k=0∑m−1pkρk⊗σk.
言葉で言うと、0 から m−1 の各 k について、確率 pk で左のシステムが状態 ρk にあり、右のシステムが状態 σk にあるということです。このような状態は分離可能状態と呼ばれます。この概念は2つ以上のシステムにも拡張できます。
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エンタングル状態。 システムのペアの状態がすべて分離可能であるわけではありません。量子情報の一般的な定式化では、エンタングルメントはこのように定義されます。すなわち、分離可能でない状態はエンタングルしているといわれます。
この用語は、「量子情報の基礎」コースで使用した用語と一致しています。そのコースでは、積状態でない量子状態ベクトルはエンタングル状態を表すと述べました。実際、積状態でない任意の量子状態ベクトル ∣ψ⟩ に対して、密度行列 ∣ψ⟩⟨ψ∣ で表される状態は分離可能ではありません。純粋でない状態に対しては、エンタングルメントはこれよりもはるかに複雑になります。
縮約状態と部分トレース
複数のシステムの文脈で密度行列を使って行える、シンプルながら重要な操作があります。それは、いくつかのシステムを無視したときに得られる状態を記述することです。
複数のシステムが量子状態にあり、そのうち1つ以上を破棄または無視することにした場合、残りのシステムの状態はそれらのシステムの縮約状態と呼ばれます。
縮約状態の密度行列による記述は、全体の状態を記述する密度行列からの写像である部分トレースを通じて容易に得られます。
例:eビットの縮約状態
1対の量子ビット (A,B) が次の状態にあるとします。
∣ϕ+⟩=21∣00⟩+21∣11⟩.
アリスが量子ビット A を持ち、ボブが B を持っている、つまり2人がeビットを共有しているとします。
ボブが自分の量子ビットを持って宇宙に旅立ち、二度と戻らないことにした場合のように、アリスの量子ビット A を孤立した状態で密度行列により記述したいと思います。
まず、ボブが旅の途中で標準基底測定により自分の量子ビットを測定することにした場合を考えましょう。
測定を行った場合、ボブは確率
(IA⊗⟨0∣)∣ϕ+⟩2=21∣0⟩2=21,
で結果 0 を得て、その場合アリスの量子ビットの状態は ∣0⟩ となります。また確率
(IA⊗⟨1∣)∣ϕ+⟩2=21∣1⟩2=21,
で結果 1 を得て、その場合アリスの量子ビットの状態は ∣1⟩ となります。
したがって、ボブの測定結果を無視してアリスの量子ビットに注目すると、彼女は確率 1/2 で状態 ∣0⟩ を、確率 1/2 で状態 ∣1⟩ を得ると結論できます。
これにより、孤立したアリスの量子ビットの状態を密度行列
21∣0⟩⟨0∣+21∣1⟩⟨1∣=21IA
で記述することができます。
つまり、アリスの量子ビットは完全混合状態にあります。
明確にするために述べると、このアリスの量子ビットの状態の記述にはボブの測定結果は含まれておらず、ボブのことは完全に無視しています。
ここで得たアリスの量子ビットを孤立した状態で記述する密度行列は、ボブが量子ビットを測定するという仮定に依存しているように思えるかもしれませんが、実際にはそうではありません。
ここで行ったのは、すでに学んだことに基づいて、ボブが量子ビットを測定する可能性を使って完全混合状態がアリスの量子ビットの状態として生じると論じることです。
もちろん、ボブが量子ビットを測定しなければならないとは限りませんし、測定しないとも限りません。
そして、ボブが何光年も離れているならば、彼が何をしようとしまいと、孤立して見たアリスの量子ビットの状態に影響を与えることはできません。
つまり、アリスの量子ビットの状態として得た記述は、光より速い通信の不可能性と整合する唯一の記述です。
ボブの量子ビット B の状態についても考えることができますが、こちらも完全混合状態となります。
実際、4つのベル状態すべてについて、アリスの量子ビットとボブの量 子ビットの縮約状態はいずれも完全混合状態です。
一般的な量子状態ベクトルの縮約状態
先ほどの例を、∣ϕ+⟩ 状態の量子ビットに限らない任意の2つのシステム A と B に一般化しましょう。
A と B の古典的状態集合をそれぞれ Σ と Γ とします。
複合シ ステム (A,B) の状態を表す密度行列 ρ の行と列のインデックスは、デカルト積 Σ×Γ に対応します。
(A,B) の状態が量子状態ベクトル ∣ψ⟩ で記述されるとすると、この状態を記述する密度行列は ρ=∣ψ⟩⟨ψ∣ です。
孤立した A の状態の密度行列による記述を求めます。これは慣習的に ρA と表されます。
(下付き文字の代わりに上付き文字が使われる場合もあります。)
状態ベクトル ∣ψ⟩ は、一意に定まるベクトルの集合 {∣ϕb⟩:b∈Γ} を用いて次の形で表すことができます。
∣ψ⟩=b∈Γ∑∣ϕb⟩⊗∣b⟩
特に、これらのベクトルは単純な公式で求めることができます。
∣ϕb⟩=(IA⊗⟨b∣)∣ψ⟩
eビットの先ほどの例と同様の推論により、システム B を標準基底測定で測定した場合、各結果 b∈Γ を確率 ∥∣ϕb⟩∥2 で得て、その場合 A の状態は
∥∣ϕb⟩∥∣ϕb⟩
となります。
密度行列として、この状態は次のように書けます。
(∥∣ϕb⟩∥∣ϕb⟩)(∥∣ϕb⟩∥∣ϕb⟩)†=∥∣ϕb⟩∥2∣ϕb⟩⟨ϕb∣
各結果の確率に従って異なる状態を平均すると、密度行列
ρA=b∈Γ∑∥∣ϕb⟩∥2∥∣ϕb⟩∥2∣ϕb⟩⟨ϕb∣=b∈Γ∑∣ϕb⟩⟨ϕb∣=b∈Γ∑(IA⊗⟨b∣)∣ψ⟩⟨ψ∣(IA⊗∣b⟩)
が得られます。
部分トレース
公式
ρA=b∈Γ∑(IA⊗⟨b∣)∣ψ⟩⟨ψ∣(IA⊗∣b⟩)
は、純粋状態だけでなく、ペア (A,B) の任意の密度行列 ρ に対する A の縮約状態の記述につながります。
ρA=b∈Γ∑(IA⊗⟨b∣)ρ(IA⊗∣b⟩)
この公式が成立することは、線形性とすべての密度行列が純粋状態の凸結合として書けるという事実から自明です 。
この等式において ρ に対して行われ ρA を得る操作は部分トレースとして知られており、より正確には B に関して部分トレースを行う、または B をトレースアウトすると言います。
この操作は TrB と表されるので、次のように書くことができます。
TrB(ρ)=b∈Γ∑(IA⊗⟨b∣)ρ(IA⊗∣b⟩).
A に関する部分トレースも定義でき、B ではなく A がトレースアウトされます。
TrA(ρ)=a∈Σ∑(⟨a∣⊗IB)ρ(∣a⟩⊗IB)
これにより、A ではなく B を孤立した状態で記述する密度行列 ρB が得られます。
まとめると、(A,B) を任意のシステムのペアとし、(A,B) の状態を記述する密度行列 ρ があるとき、システム A と B の縮約状態は次のとおりです。
ρAρB=TrB(ρ)=b∈Γ∑(IA⊗⟨b∣)ρ(IA⊗∣b⟩)=TrA(ρ)=a∈Σ∑(⟨a∣⊗IB)ρ(∣a⟩⊗IB)
ρ が密度行列であれば、ρA と ρB も必然的に密度行列となります。
これらの概念は、2つに限らず任意の数のシステムへ自然な形で一般化できます。
一般に、密度行列 ρ の下付き文字に任意のシステムの名前を入れることで、そのシステムだけの縮約状態を記述できます。
例えば、A、B、C がシステムであり、ρ が (A,B,C) の状態を記述する密度行列であるとき、次のように定義できます。
ρACρC=TrB(ρ)=b∈Γ∑(IA⊗⟨b∣⊗IC)ρ(IA⊗∣b⟩⊗IC)=TrAB(ρ)=a∈Σ∑b∈Γ∑(⟨a∣⊗⟨b∣⊗IC)ρ(∣a⟩⊗∣b⟩⊗IC)